マイストーリー

ピアノとの出会い

ピアノの先生だった母のもとで育った私は、2歳のころから自然と鍵盤に興味を持ちました。
触れるとすぐに音が出るピアノが大好きで、いろいろな場所を押しては音を楽しみ、まるでおもちゃのようにピアノと遊んでいました。
メロディになっていなくても、ただ音を出しているだけで幸せで、ひとりで夢中になっていたのを覚えています。
特に、歌いながら遊べるテキストが大のお気に入りでした。
この「ピアノと遊ぶ時間」は、私にとって大切な音楽の土台になっています。

ピアノを習い始める

5歳から、本格的にピアノの先生に習い始めました。
それまでは自由に遊んでいた私にとって、楽譜を読んだり、決められた指番号で弾く練習はとても難しく、宿題の曲をなかなか思うように弾けず、泣いてしまうこともありました。
けれども、先生の温かくて丁寧なご指導に励まされ、「やるからには頑張ろう」と毎日練習を重ねました。
そしてある日、先生から「6時間くらい練習すれば大きなトロフィーがもらえるかもよ」と言われ、本気で6時間練習して、金賞とピアノCDセットをいただくことができました。
この経験が大きな転機となり、「もっと上手になりたい!」と強く思うようになりました。

私のピアノ音楽

やがて私は、演奏を聴いてくれる人の心に届く音、作曲家の想いを伝える演奏とは何かを考えるようになりました。
そんなとき出会ったのが、アメリカの作曲家・ギロックの作品です。
ギロックの曲は、音の出し方や音色の作り方、一音一音を大切にすることで、表現力がぐんと育つ魅力があります。
その頃習っていた先生もまた、ギロック作品をとても丁寧に教えてくださり、常に「歌って弾くこと」「指先に気持ちをのせて美しい音で表現すること」を大切にされていました。
私はギロックの音楽に魅了され、ギロックCD製作オーディションに3年連続で出場し、入賞・CD制作・記念コンサート出演と貴重な経験を積みました。

高校時代~大学時代

高校時代は、部活動には入らず、勉強とピアノに打ち込む毎日を過ごしました。
将来を考えたとき、「ピアノ以外の世界にも触れ、自分の視野を広げたい」と思い、名古屋でよく知られた南山大学に進学しました。
在学中には塾講師として子どもたちを指導する機会があり、教育の楽しさと意義を実感しました。
そして「やっぱり私はピアノを通して、人の心に勇気と元気を届けたい」と思い、音楽大学への進学を決意。
南山大学の卒論と音大受験の準備を同時に進めるのは大変でしたが、ピアノの魅力に突き動かされ、国立音楽大学に絞って挑戦し、合格することができました。

音大では、音楽教育はもちろん、声楽、二台ピアノ、アンサンブルなど、幅広い分野を学びました。
また、在学中にはウィーンやポルトガルを訪れ、現地の一流ピアニストから直接レッスンを受ける貴重な機会も得ました。
練習に苦しむ日もありましたが、それ以上に演奏の喜びや、音楽で通じ合える仲間との出会いに満ちた日々は、本当に幸せで、あっという間の4年間でした。
この学びが、今の私のピアノ演奏の土台になっています。
二つの大学で学んだ経験を活かし、いろいろな角度からアプローチできる指導者になりたいという思いで、卒業後は地元・名古屋に戻ってきました。

卒業後~自宅教室

音大卒業後、ありがたいご縁をいただき、楽器店で3年間、個人レッスンを担当させていただきました。
その後、自宅教室を開き、現在に至ります。
私の教室では、「脱力奏法」を取り入れ、心に響く音の作り方や、ギロック作品から学んだ“歌って伝える演奏”を大切にしながら、楽しく確かな読譜力も育てています。
コンクールに出場した生徒さんは毎年、優秀賞をいただいており、審査員の先生方から「音色が美しい」「表現力が豊か」「イメージがよく伝わる」といった嬉しい講評をいただいています。私自身も、毎年指導者賞を頂いています。
コンクールに出ない生徒さんも、ピアノが大好きで楽しく通ってくださっています。
私は、子どもたちが作曲家の想いや音楽の情景を想像し、自分の言葉で音にしていけるような、創造力ある子を育てたいと思っています。
また、発表会ではオーケストラとの共演を行い、ご家族にとっても感動的な経験となるような時間を大切にしています。
ピアノという素晴らしい楽器との出会いに心から感謝しながら、一人でも多くの方に、音楽で心豊かな人生を届けられるよう、笑顔あふれる教室をつくっていきたいと思っています。